卒業、あとは散歩と読書
コロナウィルスの蔓延によって、僕の卒業は二週間ばかり遅れた。14日間ものスローライフを十分に堪能してしまったあとでは、卒業の悲しみなど、すっかり頭から消えている。まぶしすぎる照明が校長先生と自分の顔と卒業証書にあてられた時、こう思う。50年後にこの日のことを思い出す。これが僕の卒業式で、全員マスクをしていて、自分の座った椅子がひどく歪んでいたことを。
世間一般でいう「思い出」になるであろうことが自分の身に降りかかって来た時、必ずこんな風に思ってしまう。「現在」のことを俯瞰した視座が未来にあって、未来の自分が現在をリマインドしている姿を想像してしまう。
「そうだ、俺の過去はこれだったはずだ。まずAが起こってその次にBが起きて、最後に,Cが起こった」。人が過去を振り返るときにはこんな風にして思い出す。でも、僕らが持っている時間の文脈は、ホントは滅茶苦茶で支離滅裂とした思い出したくもないただの存在だったりする。
それはそうと、今年の春休みはかなり長かった。みなさんは何をしてましたか?とクラスメイトに聞きたいくらい、僕は暇だった。もし自分がこの質問をされたら、じつに簡単に答えられる。「散歩と読書とネットフリックス」。はあ、なんだかお爺さんみたいですね、最後のをのぞいて、と言われそうだ。いや、自分は元来お爺さんみたいな性格だと思っている。それがなにか、問題でも?。幼稚園の頃は中村吉右衛門の『鬼平犯科帳』が大好きだった。小学校に入ってからは映画漬けの毎日。年間120本は観ていた。おかげで、友達は少なかったけどね、、、。
この春休みを使って、村上春樹の小説をほとんど読んでしまった(春休みに春樹、なんか洒落みたいですね)。春樹の小説に初めて出会ったのも最近のことで、日付まではっきりと覚えている。今年の2月1日、受験までちょうど2週間のときに、閉店間近だった書店で『ノルウェイの森』を購入した。数ページ読んだところで心にこう誓った。受験が終わってから、ゆったりとした気持ちで読もう。この人は凄い。
僕の強固な自分への約束は、あっさりと破られてしまう。朝の時間も、給食を食べ終えてからも、村上春樹を読み続けた。まあ、おすすめはしませんよ。
さて、受験が終わってからは散歩をした。受験期はランニングをしていた。iTunesのプレイリストに入っていた曲は「じゃがたら」「ゆらゆら帝国」「吉田拓郎」。あと、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』、これがまた痺れる曲なのです。坂本龍一の『音楽図鑑』『async』もずっと聴いていた。ただ僕の場合、体力が無いせいもあるだろうけど、ランニングよりも散歩が好きだ。20分くらい走り続けると、低血糖になって頭が痛くなってしまう。じゃあ、もっと体力をつければいいだろ、友達こう言われたけど、僕は散歩で十分。
僕の通う高校まで歩いたとすると、だいたい50分はかかる。それでも、歩くことは苦ではない。大好きな吉田拓郎(というか神様です)、やサイモン&ガーファンクルを聴きながらだったら、10キロくらい楽に歩ける。 そこから少し歩いたところに、河津桜が咲く大きな公園がある。春休みはそこで本を読んだ。ちょうど、桜が満開だった。近くのスーパーでお弁当を買ってきて、半日をそこで過ごす。僕が座る椅子の隣には、毎日同じお爺さんがいて、何をするわけでもなくボーっと時間を過ごしている。あちらからしてみれば、毎日自分の隣で、同じ本(この時は、『海辺のカフカ』)を読んでいる男の子がいる、ということになる。はて、どっちがお爺さんなのか、分からなくなってきたけど、まあいいや。
とはいっても毎日行けばそこも飽きてしまう。僕は場所を転々とした。喫茶店、マック、サイゼリア、公園、湖、とにかく至る所で本を読んだ。
友達の一人に、高校生でプロのマジシャン(自称ですが、まあたしかに腕はあります)として活動している野坂君(仮名)がいる。彼と一緒に一日中サイゼリアでバックギャモンをしたのだが、とてもユニークなエピソードを聴いた。それは彼が高齢者の前でマジックを披露した時の事
「トランプを広げて一枚引いてもらって、それをもう一度カードの中にもどして、何を引いたかあてる手品をやったんだ。俺はカードをきって、そのおばあちゃんが引いたカードを一番上にもってきた。それで『あなたの引いたカードはこれです』っていっても、みんなぽかんとしてるんだよ。つまりね、誰も覚えてないんだ、おばあちゃんが何のカードをひいたのか」僕はふきだした。 マジシャンというのもなかなか楽な商売ではない。今回のような自粛要請がでれば、当然のこと仕事はない。 「的屋殺すに刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいい」と言っていた渥美清の気持ちがわかるのは、パフォーマーたちかもしれない。
春休みの思い出というのはこれくらい。なにせ、自粛ですからね。どこも行けなくて退屈でした。唯一の僕の居場所である図書館も休館してますし。
図書館が休館して、だれが一番困るのかを僕は熟知している。紛れもなく、それはお爺さんたちだ。定年を迎え、家にいると妻に不怪訝な顔をされる居場所のないお爺さんたち(言い過ぎかもね。でも、大半はそうだと思っている)。あと、学校に居場所のない僕。この二種類の人間が、大変に困るのです。
0コメント